片山貴夫のブログ

岡山から発信します。

佐藤優を使い続ける「週刊金曜日」の退廃(2)

『週刊金曜日』北村編集長より返信が来ました。

謝罪と記事取り消しの要求については全くゼロ回答です。

「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」(憲法9条は「武力による威嚇」も禁じている)との記事を、『週刊金曜日』が掲載したこと、それは《人間として許されないことをした(人間として倫理的に許されない一線を越えてしまった)》ことです。

だから私は、『週刊金曜日』に対し謝罪と記事取り消しの要求するのです。

北村編集長から「一般論として」世間的には正しいものとして受け入れられそうな"反論"がきました。

以下は、北村編集長からの返信メール(2007 3/5(月))の一部です。

―――――――

「まず一般論として、コラムニストの見解は本誌の見解とはイコールではありません。むろん、執筆を依頼するときは、本誌の立ち位置を考えて選考し、またそれを理解してもらったうえで行います。しかし、現実には齟齬をきたすことがでてきます。その場合、こちらの見解を押しつけたり、原稿を没にしたりといったことは絶対にいたしません。ある種の「言論統制」になってしまうからです。

 読者からコラムへの反論が寄せられることもたびたびあります。極力、投書や論争欄で掲載するようにしています。双方向の自由な「論争」が重要と考えるからです。」

「佐藤さんにコラムを依頼したのは、単なる「右派論客」とはみていないからです。実際、何回か話をしたのですが、一流の思想家です。何かと刺激を受けることも多い人物です。岩波書店の編集者や斎藤貴男さん、魚住昭さんらが懇意にしているのも、その「実力」を知ったからと推察します。

 ご指摘のあった今回の佐藤さんの見解に、私自身は賛同していません。本誌のこれまでの特集などをみていただければ、おわかりいただけると思います。ただし、先述いたしましたように、だからといって記事を削除したり、コラムニストを降りてもらうようなこともいたしません。」

―――――――

『サンデー毎日』のような商業誌や学術的な雑誌であるならば、北村編集長の「論理」も、それなりに社会的妥当性を有するといえるかもしれません。

しかし『週刊金曜日』の場合、編集委員が護憲を目的とした市民集会の講師に出かけていっているだけでなく、『週刊金曜日』自身の名で集会主催者となることさえあるのです。

《北朝鮮排外主義》に対するこちら側からの反撃が全く不十分な現在、『週刊金曜日』の行動と態度がどれだけ多くの人に躓きを与えるものか、考えてみればすぐにわかることです。

北村編集長自らが佐藤優を「一流の思想家」と呼んでいることについても、大いにひっかかるところです。「一流の思想家」とは一体どういう人のことを指すのでしょうか?非凡なほどの深い思索を為す人のこと、常人には真似出来ないほどの深い含蓄のある文章を表現できる人・・・という意味なのでしょう。そういう意味でならナチスに同伴したハイデガーも「一流の思想家」です。

岡山において私は、残念ながら(失礼をお許しください)そういった意味においては「一流の思想家」にお会いしたことは

ありませんが、行動において「一流の人物」ならば多く居られます。何よりもまず、私は佐藤優のような「一流の思想家」とは共に生きられそうにもないということです。学術的な雑誌で、佐藤優が「一流の思想家」と称賛されるのとは状況が違うのです。

『週刊金曜日』644号(2007年3月2日)の63p掲載の投書「右であれ左であれ」では、佐藤優には「誠実さ」があると評価しています。

問題は何に対し「誠実」であるかということではないでしょうか。「誠実さ」で以って評価されるのであれば、アイヒマンも「誠実」な人間です。



※参考※

「佐藤優の地球を斬る」2006年7月6日付
彼我の拉致問題
http://www.business-i.jp/news/sato-page/rasputin/200607060002o.nwc
「イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエルの国権侵害でもある。人権と国権が侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府の方針を筆者は基本的に正しいと考える。」

佐藤優が国家権力の論理に「誠実」であるのはわかりました。そのような人間がどうして、『週刊金曜日』といっしょに、自分を「国策捜査の犠牲者」として社会に売り込むのでしょうか?

メディアは(思想的には)佐藤優のような完全に「国家の側の人間」を、西山太吉さんと同列にしてもよいのでしょうか?

公安スパイの宮崎学をさまざまな運動が一時利用していた(まだ利用しているところもある)過ちがありましたが、佐藤優を利用することは、それと(同じではないにせよ)似たような大きな誤りです。

 


日刊ベリタほか
 緊急シンポジウム~東京地裁判決を前にして「沖縄密約問題がいま、問いかけるもの」
2007年03月16日18時30分~
http://alertwire.jp/read.cgi?id=200702220747524

18:30 基調講演「すり替えられた国家犯罪」

佐藤 優 起訴休職中外交官

19:30 シンポジウム「沖縄密約問題がいま、問いかけるもの」

西山太吉 元毎日新聞記者

岡留安則 元「噂の真相」編集長

佐藤 優 起訴休職中外交官

司会・進行

松元 剛 琉球新報記者
――――――――


「こちらの見解を押しつけたり、原稿を没にしたりといったことは絶対にいたしません」と、北村編集長は言いましたが(下記のときは別の人が『週刊金曜日』編集長だったのですが)、『週刊金曜日』の歴史をふりかえるとそうでもないようです。天野恵一氏の指摘によると1997年のころから問題があったようです。

『週刊金曜日』への抗議と要請(天野恵一+貝原浩)
http://www.shonan.ne.jp/~kuri/aala/aala_1.html#anchor403122

1996年、小林よしのりが『サピオ』で「従軍慰安婦」を否定し始め、その正体を現したとき(当時『週刊金曜日』は小林の漫画を一時掲載していた)、その年に苫田ダム反対の市民運動の講演に呼ばれて岡山に来ていた本多勝一氏に、交流会の場で私が「あなたは『サピオ』に現れた小林の正体を知っているのですか」と指摘したことがあります。それに対し本多氏が「調べてみます」と応答をしたのを覚えています。

週刊金曜日創刊当初の「理想」はいったいどこに行ってしまったのでしょうか。
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