片山貴夫のブログ

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鈴木宗男の有罪確定―「国策捜査」論をキャンペーンしていた者は再審請求に協力するのか?


「昨今、鈴木宗男氏の外務省における「子分」で、「ラスプーチン」との異名もある佐藤優氏の活躍が華々しい。明らかに保守派の論客にもかかわらず、『創』『週刊金曜日』といったメディアにまで進出するに至っている。国家によるスパイ活動の意義を積極的に評価するこの人物が、左派・リベラル派の陣営からも人気を勝ち得ているのは、いささか異様と言わざるを得ない。[…]考えてみると、「国策捜査」という用語を用いれば、政治家に対するあらゆる汚職追及を「検察の横暴」として退けることが可能である。その意味で、見かけの「反体制的」な印象と異なり、「国策捜査」とは保守政治家にとって都合の良い「便利な」用語と言える。[…]」(「国策捜査」論者のきな臭さ」、ブログ『廃車置場通信』、2007年1月 8日 (月)http://akio75.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_c1ae.html)より


<検察の暴走>を声高に唱えている佐藤優が、一方で、(検察よりも恐ろしい行為・結果を招くことは明らかである)情報機関によるスパイ活動を「インテリジェンス」として積極的に認めていることに欺瞞を感じていない「ジャーナリスト」および読書人は、知的に崩壊している。

「国策捜査」=冤罪ではない

 佐藤優に続き、鈴木宗男の有罪が確定しました。
 そもそも、再審請求をするには、新しい証拠が無ければいけないそうです。
 「国策捜査」論をキャンペーンしていた青木理らは、再審請求に協力するのでしょうか?

 一般市民と異なり、政治家や高級官僚の場合、無罪であることの挙証責任は本人の側に有るはずです。
 鈴木宗男および佐藤優の冤罪を証明できるような証拠を取材で得られない(=得られなかった)のであれば、青木理らは、ただのプロパガンダ従事者であったということになるはずですが、これからどうするつもりなのでしょうか?―ジャーナリストとして青木らは無能であったということになります。

 「左翼」ヅラした「ジャーナリスト」の一群が、堕ちた保守政治家の言い分を一方的に垂れ流し、口先で検察を批判し、それが、あたかも「反体制」であるかのように世間を欺く―要するに、「国策捜査」=冤罪ではない(我われにとっては本来、支配階級内部の、ただの内ゲバである!)ということです(※)。

(※)
 (「国策捜査」言説に批判的でない)ブログ作者の1人ですら、
「佐藤優さんの定義によれば、「国策捜査」はグレーの領域に線を引くことで犯罪者を作り出すけれども(でっち上げによる冤罪とは異なるので注意)、別に線を引くこと自体に大きな意味はない。」(「西松建設事件は「国策捜査」ではないと思う」、『趣味Web 備忘録』、 2009-03-06 http://deztec.jp/design/09/03/06_society.html)と言っていることに注意したい。
 ましてや、現在の小沢一郎は政権与党の大幹部なのだから、「国策捜査」言説を発することはどう考えても有害無益である―「検察は小沢一郎の捜査をやめろ」という方が、もっと恐ろしい結果になることに、読書人たちは気付かないのであろうか?
 「国策捜査」言説が公認された暁には、日本が汚職天国になることは必定である―汚職しても「ジャーナリスト」が自ら進んで代弁役を買って出てくれるのだから、これほど美味しい話はない。
 「国策捜査」言説の行きつく先は、<政治家・高級官僚の汚職に怒りを感じる大衆が悪いのだ>ということになる。
 <検察は、大衆が血祭りのイケニエを観たいから、「国策捜査」をやっているのだ>ということに帰結するので。

 「国民の多数派と前線のプレーヤーに大きなズレが生じたとき、負のエネルギーが溜まる。すると司法が動き、粗探しして逮捕。国民が大喜びすれば有罪に。」と、前掲のブログ作者も言っている。
 少し考えてみれば、それはトンデモない愚民観なのである。


「国策捜査」論の本質

 <他にもモット悪いヤツが居るのに、俺だけが検察にピックアップされて捕まるのは許せない!>というのが、鈴木・佐藤らの本音でしょう。 
 一方、岩波書店・週刊金曜日関係者ら「ジャーナリスト」の思惑は、
<鈴木宗男らは自民党主流からは干された存在である。だから、彼らを叩くことは自民党を利することになる。これからは左右関係なく、みな同志=「憂国の志士」として世渡りしよう!>
という政治的色気でしょう。
 鈴木・佐藤らを無罪にできなかった青木理ら自身が、「国策捜査」=冤罪ではないということを、百も承知なのだと思います。
 正義感ではじめる仕事であっても、「ジャーナリスト」は(一般人の知らないような)情報をとるという立場上、社会のダーティーな部分からのソースとも接触をしているでしょう。そのことによって、誘惑や英雄主義的感情と無縁ではないはずです。そこから、(『金曜日』も創刊当初の志とは逆に)そういった勢力に取り込まれてしまったのだとおもいます。
 『金曜日』の場合最近、民主党やそれを取り巻くダーティーなサイドのプロパガンダ「報道」であることが、より一層露骨にわかるようになってきています―「ジャーナリスト」自らが政治運動をしているようなもので、丁寧な取材さえできていないようにおもえます(※)。

(※)「力量不足」であることは自ら認めている。だが、自らの雑誌が、汚職政治家を庇う政治ごっこばかり続けているので、「真実を追求する姿勢」自体が消滅していることを認めていない。
(北村肇編集長の)編集長ブログ
2010 年 9 月 10 日 9:00 AM
「9.11事件」は、「だれか」が「何か」を隠蔽している
http://www.kinyobi.co.jp/henshucho/articles/ippituhuran/20100910-814.html

「記事にできないのは、最終的な裏付けがとれないからで、取材側の力量不足がある。だが、「権力」が総力をあげて隠蔽を図ったとき、その壁を崩すのが容易ではないのも現実だ。」

「官僚も政治家も、都合の悪いことは隠蔽に走る。ひどい場合には、でっち上げすら辞さない。私利私欲がからむときは、大体において、そうした動きは表面化する。しかし、たとえば「国益につながる」と彼ら、彼女らが信じ込んだときは、なかなかあぶりだすことができない。だからこそ、ジャーナリストにはもう一つ、欠かせないことがある。あきらめず、しつこく、真実を追求する姿勢である。」


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時事通信記事
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2010090800496
鈴木議員の実刑確定へ=無罪主張の上告棄却-受託収賄など4事件・最高裁

 受託収賄、あっせん収賄など四つの罪に問われた衆院議員鈴木宗男被告(62)の上告審で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は7日付で、被告側上告を棄却する決定をした。懲役2年、追徴金1100万円の実刑とした一、二審判決が確定する。
 鈴木被告は確定後、収監される。公選法などの規定により、確定すれば失職し、懲役刑の執行後5年間は立候補できなくなる。
 鈴木被告は、政治資金規正法違反罪と議院証言法違反罪を含め、一貫して全面無罪を主張していた。
 2004年の一審東京地裁判決は、すべての事件を有罪と認定した上で、「高度の廉潔性を求められる要職にありながら国民の信頼を裏切った」と非難。「反省は皆無で、虚偽の陳述をしてはばからない被告に刑を猶予するのは相当ではない」として、実刑を言い渡した。
 二審東京高裁も08年、「行政に不当な影響を及ぼし、社会の信頼を害した」として、一審を支持していた。鈴木被告をめぐる一連の事件では、佐藤優外務省元主任分析官(50)ら12人が起訴され、鈴木被告を除く11人の有罪が確定している。
 判決によると、鈴木被告は北海道開発庁長官、官房副長官だった1997~98年、林野庁への口利きの見返りなどとして、2社から1100万円のわいろを受領するなどした。(2010/09/08-14:54)

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